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仙台高等裁判所 昭和37年(う)419号 判決 1963年5月21日

控訴人 被告人 渋谷嘉雄

弁護人 中野忠治

検察官 佐々木衷

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

ただし、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

右刑の執行猶予期間中、被告人を保護観察に付する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴趣意は、弁護人中野忠治名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨第一点(事実誤認)について、

所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴するに、遠藤剛が被告人の叔父であり、同人の告訴のないことは所論のとおりであるが、小川常夫の司法警察員に対する供述調書、原審第三回公判調書中証人遠藤剛の供述記載及び当審での証人小川常夫、同遠藤剛の各供述によれば、遠藤剛と小川鉄筋株式会社との関係について、つぎの事実を認定することができる。小川鉄筋株式会社は、鉄筋組立工事を請負う会社で、同社は仕事の能率をあげるため、現場の責任者に対し、一見右責任者の請負いのような形の、工事の実行予算を示し、その予算の範囲内で工事を完成した場合、予算額から現実に支払つた給料等を差引き、残額を賞与として責任者を通じて、同人及びその部下に分配する仕組になつていた。そして遠藤剛は、同社から日給八〇〇円を支給されている同社の従業員で現場の責任者である。すなわち遠藤剛は、同社の一従業員にすぎなく、同社から鉄筋組立工事を請負つたものではない。それ故遠藤及び同人の部下の人夫の給料も、実働により、その都度同社から支払われていた。しかして本件鉄筋は、同社が請負つた東北電通宿舎の新築工事を、遠藤がその責任者として委されたもので、組立て後余ればこれを会社に返し、その価格の四分に相当する歩合を会社から貰う約旨であつて、本件被害品はその委されたものの一部であり、遠藤は、現場の責任者として、その保管の責任のあることは、勿論であるが、本件のように、その鉄筋が盗難にあつたような場合、同人が直ちに、これを弁償するものとも認められない。してみれば、本件鉄筋の所有権は、同社にあるとともに、その刑法上の占有は、依然同社社長小川常夫にあるものといわねばならぬ。所論は、遠藤が右工事を、前記会社から請負つたもので、本件鉄筋の占有が完全に遠藤に移つていることを前提とするもので、採用することができない。原判決は、この点について事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

論旨第二点(量刑不当)について

本件記録および当審で取り調べた小川常夫作成の願書及び示談並びに金員受取証書によれば、被告人は、本件と同種の鉄筋を窃取した罪により、昭和三六年四月四日、仙台簡易裁判所において、懲役一〇月に処せられ、三年間その執行を猶予されたもので、現に刑の執行猶予中にかかわらず、本件犯行を犯したものでその犯情は甚だよろしくないといわねばならぬ。しかしながら、本件鉄筋を売却した代金の一部は、遠藤剛の留守中、同人の部下である人夫に酒を飲ますために使われたことがうかがえるし、更に被告人は、保釈出所後、いち早く仕事に就いて、被害者に対し、極力弁償をする努力をし、昭和三八年五月九日に至り、被害者において、被害品を返却された分を差引いた被害見込金一二三、四三〇円のうち金一〇〇、九二〇円を弁償し、残額についても、八ケ月の月賦で、これを完済する旨を約し、被害者との間に示談が成立したものである。本件犯行が財産犯であり、被告人がその弁償に極力努力し、本件被害額の大部分を弁償した点及び本件犯行の態様、被告人の家庭事情等諸般の情状を考慮すれば、被告人に対し、いま一度刑の執行を猶予することは、刑政上相当であると解され、原判決が被告人に対し、懲役一年の実刑を言い渡したことは、重過ぎるものと認めざるを得ない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第二項により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により当裁判所において更に次のとおり判決する。

原判決の確定した事実を、法律に照すと、被告人の原判示各所為はいずれも刑法第二三五条に該当し、以上は、同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により最も重いと認められる判示第五の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内で、被告人を懲役一年に処し、前示の情状により刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二五条第二項本文、第一項に従い本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、同法第二五条ノ二第一項後段により、右刑の猶予期間中、被告人を保護観察に付することとし、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、全部被告人の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 細野幸雄 裁判官 山田瑞夫 裁判官 高井清次)

弁護人中野忠治の控訴趣意

右窃盗被告事件につき控訴の趣意左の通りである

第一点事実誤認であり判決に重大なる関係を及ぼすべきものである原判決要旨は被告人は小川鉄筋株式会社長小川常夫管理に係る鉄筋同断片を六回に渉り窃取したものと認定して有罪の判決を言渡した。然れとも右認定中鉄筋等の財物か右社長の管理即ち実力行使の範囲に属するもの所謂所持と称することが出来るかどうかである

右に関し記録を精査するに

原審証人遠藤剛の証言要旨によれば

「自分は鉄筋加工組立工事を営む者であり鉄筋組立を請負ふこともあり、現場長として組立の指揮監督をするものである

而して本件において電通局か仙台市南小泉八軒小路一八番地に宿舎を建てるとき小川鉄筋株式会社か鉄筋工事等を請負ふたのてあるか遠藤剛は右のうち組立工事を小川鉄筋株式会社から請負ふたのである右請負鉄筋組立の材料である鉄材の数量を決定して其鉄材を現場に運搬して右会社から遠藤に引渡すのである、而して組立が上手にやり鉄材か(引渡された)余れば遠藤が六分会社が四分の割合で価格に見積り現金化して遠藤が会社から受取るものである其反対に若干の不足が生じたときは遠藤が負担するのである以上のやり方は遠藤が請負ふた場合でなく単に現場の長として会社から雇はれた場合においても鉄材は現場長として現場において会社から引渡を受け管理するのであり、工事即ち組立後余分あれば前同様の割合て遠藤と会社で分配する約束である右の如く遠藤剛は請負人、又は現場長として会社から現場(工事)において本件鉄材の引渡を受けたものであり管理して居たものである、従つて被害の鉄材は遠藤剛が所持したものであり同人が管理したものである然るに原判決は管理者を小川鉄筋株式会社長と認定したのは誤認である従つて被告人は遠藤剛管理に係る鉄材を不正に領得したことになる。そこで遠藤剛と被告人との身分関係は三親等の親族であり遠藤剛から窃盗の告訴ない以上処罰することが出来ないのである本件においては告訴がないこと明白である

右事情であるので無罪とすべきである

第二点量刑不当

被告人の供述調書公判調書記載によれば

被告人は現場長である遠藤剛か他の工事場に両三日行つてくるから其間自分に代つて組立の指示や監督鉄材の使用等一切を依頼して前記工場を被告人に委せた夫れて被告人は遠藤剛の不在を利用して鉄材を持出して売却したのである

右鉄材売得金の使途は左の通りである

(一) 組立職工待遇のため一杯飲ませる為めその費用として消費したのであるこれは期日まで工事を仕上げる為めでありこの方に約七割を投じたのである

(二) 自己の生活費に約三万円を使つたのである仮りに有罪とするも前記の事情であるから犯情憫量すべきものありと信ず原審は一般の窃盗事件と見て懲役一年に処したのは量刑不当である

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